上記を読んでいろいろ刺さったのでメモ
- 無知→言語化された知識→身体化
無数の筋肉の調整を、同時に、リアルタイムで実行している。並列処理。多次元処理。すべてが同時に起きている。だから、言語化された知識は、身体化された知識に変容しなければならない。言葉の形から、身体の形へ。逐次処理から、並列処理へ。意識的な判断から、無意識の反応へ。これが、知識が形を変える第一の理由だ。実践には、言語を超えた速度が必要だからだ
これはボルダリングやいろんなスポーツなども一緒でもしかしたらキーボードを打つという行為自体も同様なのかもしれない
量が質を生む、ただし量をこなすだけでパターンが見えるわけではない
- 振り返りによってパターンを可視化する行為
- 「なぜこの設計にしたのか」「もっと良い方法はなかったか」「次回はどう改善できるか」。たった十分の振り返りを、毎日続けた
- 経験の「量」ではない。経験の「質」だ。そして、質を決めるのは、振り返りの深さだ。
- 振り返りの三つの深度 何が起きたか、なぜそれが起きたか、パターンは何か
- パターンの抽出こそが、量を質に変換するメカニズム
- 目的のある量は、訓練、目的のある振り返りは学習
- 抽出と具体を往復する運動
- 言語化力は、語彙力ではなく、世界を解像度高く捉える力が本質
- 世界を深く知れば知るほど、言語化が困難になる。
AIが量を提供する → 人間が振り返る → パターンが見える → 質的な変化が起きる → 身体化された知識が更新される → より高度な目的を持って、AIに問いかける → さらに多くの量を経験する → より深い振り返り → .. この循環が、新しい学習のサイクルだ。
感想
言語化についての実体験を踏まえてのとても長い記事。またそれを分解して、言語化されない、身体化(血・肉)についても踏み込み、量・質・抽象・具体・AIにまで切り込んでいる。私の好きな言語化というワードをより深掘って内容だったので私自身読みたいと思ったし、いろいろメモしたのだと思う。 「じゃあ、おうちで学べる」最近ちょこちょことエントリーを見るのでこの人の記事は少し長めだがまたいろんな角度からの思考で書かれているので、他の記事も読み込んでいきたい。